「今年も同じ場所に、同じ虫が出た」
そんなつぶやきを、栽培の現場で何度も聞いてきました。
アブラムシを見つけて薬を撒く。
ハダニが増えたら別の薬を足す。
それでも翌年、同じ場所に同じ病害虫が戻ってくる。
手を尽くしているつもりなのに、この堂々巡りから抜け出せない生産者を何人も見てきました。
薬剤を使うこと自体が間違っているわけではありません。
問題は、「発生してから対処する」というサイクルだけに頼っていることです。
虫や病気が発生する条件を放置したまま薬剤散布だけを繰り返せば、いずれ薬剤への抵抗性がついた個体が生き残り、防除はより難しくなっていきます。
はじめまして、中村と申します。
農業普及指導員として15年以上、花き生産者の技術指導に携わってきました。
この記事では、花の病害虫対策を「見つけてから治す」発想から「発生しにくい環境をつくる」発想へと切り替えるための考え方と、今日から取り入れられる具体的な工夫をお伝えします。
なぜ「見つけてから」の対策では手遅れになりやすいのか
花は葉物や果菜より弱点が多い
野菜の産地で使われる防除の考え方を、そのまま花に当てはめると失敗します。
キャベツやトマトなら、多少虫に食われた葉があっても出荷規格に収まることがあります。
けれども花は、花弁や蕾そのものが商品です。
アザミウマがほんの数匹、蕾の中に入り込むだけで、花びらに小さな傷やかすり状の跡が残ります。
出荷段階でその傷が見つかれば、規格外として値段がつかなくなることも珍しくありません。
食べる部分と観賞する部分の違いが、花の防除を野菜以上にシビアなものにしています。
出荷現場では、秀品・並品・規格外というように、傷の程度に応じて等級が細かく分けられています。
野菜であれば加工用や業務用として値段を下げてでも出荷できる場合がありますが、観賞用の花にその逃げ道はほとんどないのです。
一度の被害が次シーズンの取引にも影響する
病害虫による品質低下の影響は、その年の売上だけにとどまりません。
卸売市場やバイヤーとの継続的な取引では、品質のばらつきが翌シーズン以降の発注量を左右します。
ある年の出荷ロットに傷んだ花が多いと、次の年から発注そのものを減らされるという話も現場ではめずらしくありません。
目の前の一鉢、一本の防除が、数年先の取引関係にまで影響する。
そう考えると、病害虫対策は栽培技術であると同時に、経営を守るための投資でもあります。
農薬だけに頼る防除が抱える限界
「虫が出たら薬を撒けばいい」という考え方には、見落とされがちな弱点があります。
同じ系統の薬剤を使い続けると、その薬に耐性を持つ個体が生き残り、世代を重ねるごとに集団の中で増えていきます。
アブラムシやハダニのように世代交代が早い害虫ほど、この現象は起こりやすくなります。
数年前まで効いていた薬が急に効かなくなった、という声を生産者からよく聞くのはこのためです。
薬剤だけに頼った防除は、いわば対症療法です。
発熱の原因を調べずに解熱剤だけを使い続けるようなもので、根本の発生条件はそのまま残ります。
薬剤抵抗性がついた個体は、一度集団の中で優勢になると簡単には元に戻りません。
同じ薬剤を使い続けた施設で、翌年には散布量を増やしてもハダニが減らなくなった、という相談を受けたこともあります。
使用量を増やすほどコストはかさみ、作業する人の負担や環境への影響も大きくなっていきます。
薬を使わないという話ではありません。
発生条件そのものに手を打たなければ、防除の効果は年々薄れていくということです。
花き栽培で押さえておきたい代表的な病害虫
アブラムシ・ハダニ・アザミウマ:吸汁害虫の被害を見分ける
季節を通して見ると、発生する病害虫の顔ぶれは大きく変わります。
春から梅雨にかけては灰色かび病、梅雨明けから夏にかけてはハダニやアザミウマ、秋の長雨の時期にはうどんこ病というように、気温と湿度の推移に合わせて注意すべき相手が入れ替わっていきます。
年間を通した発生の傾向をつかんでおくと、次に何が来るかを先回りして備えられます。
花き栽培の現場でとくに相談が多いのが、アブラムシ、ハダニ、アザミウマ、コナジラミの4種類です。
いずれも植物の汁を吸って生きる「吸汁害虫」で、発生時期や被害の出方に違いがあります。
| 害虫 | 主な発生時期 | 特徴・被害 |
|---|---|---|
| アブラムシ | 4〜6月、9〜10月 | 吸汁害のほかウイルスを媒介し、排泄物からすす病を誘発する |
| ハダニ | 梅雨明けから9月ごろ | 体長0.5mm程度と小さく葉裏に寄生。高温乾燥を好み、花弁からも吸汁する |
| アザミウマ | 施設では通年発生 | 蕾や花弁に潜り込み、傷やかすり状の跡を残す。薬剤抵抗性が強い |
| コナジラミ | 施設では通年発生 | 葉裏に群生して吸汁。排泄物によるすす病やウイルス媒介のリスクもある |
このうちもっとも防除が難しいのはアザミウマです。
体長1〜2mmと小さく、蕾の内部に入り込むため薬剤がかかりにくいうえに、薬剤抵抗性が強いことでも知られています。
花の害虫の代表格と呼ばれるのも、こうした事情からです。
コナジラミも見逃せない害虫の一つです。
オンシツコナジラミとタバココナジラミの2種類が代表的で、見た目はよく似ていますが、後者のほうが薬剤抵抗性が強く防除に手こずるケースが多いといわれています。
葉の裏を軽く揺すったときに白い小さな虫がふわっと飛び立つようなら、コナジラミの発生を疑ってください。
アブラムシは黄色に誘引される習性があるため、黄色い粘着トラップを施設内に吊るしておくだけでも発生の早期発見につながります。
ハダニは高温乾燥時に増えるので、葉裏への葉水がそのまま防除にもなります。
灰色かび病・うどんこ病:真逆の環境で発生する二大病害
病気の面でとくに注意したいのが、灰色かび病とうどんこ病です。
どちらもカビ(糸状菌)が原因ですが、好む環境は対照的です。
灰色かび病は20℃前後の多湿条件で多発します。
施設栽培では秋と春先、露地栽培では梅雨期に蔓延しやすく、胞子は風や水やりの飛沫に乗って周囲へ広がります。
花弁に小さなシミのような斑点が生じ、進行すると腐敗して灰色のカビに覆われます。
バラ、キンギョソウ、シクラメン、トルコギキョウなど、花弁の薄い品目でとくに被害が目立ちます。
灰色かび病は、花がら一つからでも施設全体に広がる怖さを持っています。
枯れた花弁を放置すると、そこで胞子が大量に作られ、わずかな風でも隣の株へ次々と感染が広がっていきます。
毎日の作業に花がら摘みを組み込んでいる生産者ほど、被害が少ないという傾向は、現場の実感とも一致します。
一方のうどんこ病は、晴れた日と雨の日が交互に続く時期に発生しやすくなります。
土壌の窒素分が多い株や、密植で風通しの悪い株もリスクが高まります。
葉の表面が白い粉をふいたようになるため、発見自体は難しくありません。
多湿で増える病気と、過湿と乾燥が入れ替わる時期に増える病気。
一見矛盾するようですが、共通しているのは「風通しの悪さ」です。
換気と水やりの見直しだけで、両方のリスクを同時に下げられます。
総合的病害虫管理(IPM)という考え方
IPMの基本=4つの防除を組み合わせる
こうした病害虫にどう向き合うか。
その基本的な考え方として、農林水産省が普及を進めているのが「総合的病害虫・雑草管理」、通称IPM(Integrated Pest Management)です。
IPMは、病害虫の発生情報や観察に基づいて、耕種的防除・物理的防除・生物的防除・化学的防除という4つの手法を組み合わせ、経済的な被害が出ない水準まで病害虫の密度を抑える考え方です。
農林水産省「総合防除(IPM)の推進について」では、この考え方を野菜や果樹を中心に広く推進しています。
4つの防除は、それぞれ役割が異なります。
- 耕種的防除:風通しや水やり、施肥など栽培環境そのものを整える
- 物理的防除:粘着トラップや防虫ネットで害虫を捕らえる、遮る
- 生物的防除:天敵となる昆虫や微生物の力を借りる
- 化学的防除:薬剤を使う。ただし単独ではなく他の防除と組み合わせる
薬剤散布は、この4本柱のうちの1本にすぎません。
残り3本を放置したまま化学的防除だけに頼るから、抵抗性の問題が起きやすくなるのです。
予察の具体的な手段としては、フェロモントラップや粘着トラップを使った定点観測が代表的です。
決まった場所にトラップを設置し、週に1回程度、かかった虫の数を数えて記録するだけで、発生のピークが来る前に手を打てるようになります。
勘や経験だけに頼らず、数字として発生状況を追えることが、IPMを実践するうえでの土台になります。
国・自治体が示す実践指針
花き専用のIPM指針も、少しずつ整備が進んでいます。
栃木県「IPM(総合的病害虫・雑草管理)」では2015年に「施設花き類IPM実践マニュアル」を公表し、施設栽培の花きに特化した防除の手順を示しています。
こうした指針に共通しているのは、「予防」と「予察」を防除の起点に置いている点です。
予察とは、発生を予測して早めに手を打つことを指します。
病害虫が目に見える被害を出してから対処するのではなく、発生しやすい条件をあらかじめ管理し、初期段階で発見できる仕組みをつくっておく。
この順番の違いが、防除全体の手間と薬剤コストを大きく左右します。
IPMは、一度取り入れたら終わりという性質のものではありません。
栽培する品目や施設の構造、地域の気候によって、最適な組み合わせは変わってきます。
指針やマニュアルはあくまで出発点として活用し、自分の現場で得られた記録をもとに、少しずつ調整を重ねていく姿勢が実践のコツです。
今日から取り入れられる防除の工夫
耕種的防除と物理的防除で発生条件を断つ
耕種的防除と物理的防除は、薬剤を使わずに今日から始められる対策です。
水やりは、花や葉に直接かけず根元にゆっくり与えるだけで、灰色かび病の感染リスクを下げられます。
枯れた葉や花がらはそのままにせず、こまめに取り除きましょう。
株間を空けて風通しを確保することも、多湿を嫌う病気と過湿を嫌うハダニの両方に効きます。
物理的防除では、黄色粘着トラップと赤色防虫ネットが代表的な道具です。
黄色トラップはアブラムシやコナジラミの早期発見に、赤色ネットはアザミウマの侵入抑制に役立ちます。
ハダニが目立ってきた株には、まず葉裏への葉水を試してみてください。
水に弱いハダニには、これだけでもある程度の効果が見込めます。
施設栽培であれば、温湿度そのものを管理することも有効な耕種的防除になります。
灰色かび病が多発する20℃前後・多湿の条件をつくらないよう、朝夕の換気で湿度を下げ、必要に応じて暖房を軽くたいて結露を防ぐといった工夫が効果的です。
温湿度データロガーを施設内に設置しておけば、病気が発生しやすい条件に入った瞬間を数値で把握でき、対策のタイミングを逃しにくくなります。
記録は難しく考える必要はありません。
次のような簡単な表をノートやスプレッドシートに用意しておくだけで、発生の傾向が見えてきます。
| 日付 | 場所・株 | 病害虫名 | 被害程度 | 対応 |
|---|---|---|---|---|
| 7月3日 | ハウスA・3列目 | ハダニ | 葉裏に少数 | 葉水を実施 |
| 7月10日 | ハウスA・3列目 | ハダニ | やや増加 | 黄色トラップ追加 |
| 7月17日 | ハウスA・3列目 | ハダニ | 減少傾向 | 経過観察 |
この程度の記録でも、数週間続ければ「どの場所で」「どの時期に」発生しやすいかが見えてきます。
翌年は同じ場所を重点的に観察するだけで、対応のスピードが大きく変わるはずです。
生物的防除と化学的防除は天敵とローテーションが軸
施設栽培であれば、天敵を使う生物的防除も選択肢に入ります。
コナジラミにはオンシツツヤコバチ、アザミウマやハダニにはカブリダニといった天敵が市販されており、薬剤を使いにくい開花期でも防除を続けられるのが利点です。
天敵を導入する場合は、事前に薬剤散布の履歴を確認しておく必要があります。
天敵への影響が少ない薬剤とそうでない薬剤があり、選択を誤ると天敵ごと駆除してしまうことになりかねません。
天敵資材のメーカーが公開している薬剤適合表を確認しながら進めると、失敗を避けやすくなります。
薬剤に頼る場面では、同じ成分を使い続けないことが鉄則です。
農薬のラベルに記載されたRACコード(作用機構分類)を確認し、異なるコードの薬剤を交互に使う「ローテーション散布」を心がけてください。
深谷市の農業情報プラットフォームが紹介するいちごの防除体系でも、月ごとに作用機序の異なる薬剤へ切り替えるスケジュールが組まれています。
病気用・害虫用それぞれ複数の薬剤を準備し、順番に使い分ける運用は、花きの生産現場にもそのまま応用できます。
同じ薬剤の連続使用は、抵抗性を持つ個体を選抜してしまう近道になります。
耕種的防除で発生条件を減らし、物理的防除で早期に見つけ、生物的防除で持ちこたえ、化学的防除で仕上げる。
この順番を意識するだけで、薬剤散布そのものの回数を減らせます。
防除にかけるコストは、薬剤代だけでなく、散布にかかる時間や労力も含めて考える必要があります。
耕種的防除や物理的防除に日々の手間をかけ、化学的防除の頻度そのものを減らせれば、年間の防除コストは結果として下がっていきます。
最初は手間が増えたように感じても、数か月続けるうちに薬剤散布の回数が目に見えて減っていく生産者が多いのが実際のところです。
まとめ
花の病害虫対策は、発生してから薬剤で抑え込む作業ではありません。
発生しにくい環境をつくり、早期に気づく仕組みを整え、防除の手段を使い分ける。
そのプロセス全体を指してIPMと呼びます。
IPMという言葉を知らなくても、すでにその一部を実践している生産者は少なくありません。
枯れ葉をこまめに取り除く、風通しを意識する、そうした日々の作業の延長線上にIPMはあります。
特別な設備投資をしなくても、今日の観察と記録から始められます。
まずは自分の栽培現場で、どの病害虫が、いつ、どんな条件で発生しているかを記録してみてください。
記録が数ヶ月分たまれば、次の対策が見えてきます。
薬剤散布の回数を減らしながら被害を抑えられれば、コストと労力の両面で余裕が生まれます。